先生を流産させる会(ネタばれあり注意)

先生を流産させる会 2012年11月17日 ベルブホール

「先生を流産させる会」タイトルがショッキング過ぎて、ネットで話題になっていたことを知っていても観るまでの勇気がなかった作品。TAMA映画祭で上映することを知り、スクリーンで観るのはもうチャンスがないかもしれないと思い切って行くことにした。なお、この上映後にトークショーが付いているなかなかお得な企画だった。

この作品は実際の事件をベースにしている。2009年に愛知県半田市で起きたもの。本当の事件は男子生徒だけど映画化にあたって女子生徒に設定を変えている。エピソードの中には少女の体が女性として準備できたというシーンも含まれていて、そのため余計に「性」への生々しさが見えた。

一言で言うと観ているうちにどんどん寒くなって、ホラー映画より後味が良くないホラーな映画。お化けより何より怖いのは人間っていう意味で、ホラーだった。終盤のショッキングな場面で思わず「うわぁっ!」って声出して固まった。精神的な痛さ、身体的な痛さが自分に帰ってくる映画だった。

舞台は主に学校で、中学生に狙われる妊娠4ヶ月のサワコ先生、主犯格のミヅキを含めた5人。そして学校の先生、会のメンバーの母親、母親の中でもS級のモンスターペアレンツのフミホの母。サワコ先生の旦那さんは姿も台詞の中でも電話のシチュエーションとかでも出てこない。ある意味「先生対生徒」でもあり「女性対女性」であり「母性対幼児性」でもある。

上映後の舞台挨拶でサワコ先生役の宮田さんが「生徒達に負けていく役だったら心底辛かっただろうと思う。」と話しておられたが、サワコ先生は命の危険にさらされても一切怯むことなく生徒と対峙していて、流産させる会から生徒を精神も肉体もかけて足抜けさせていく。女性ってのは気持ち悪い生き物と言ってのける。この強さがなければ本当に単なるおぞましい事件のドキュメンタリーになってしまうだろう。
子供が命に関わる悪いことをしてそれに対して指導のビンタをしても「体罰」となり教師が悪くなってしまうシーンや、フミホの母など保護者に吊し上げられるところとか、とにかく客観的に観たら理不尽な事が多すぎて、中学生が流産させる計画をしているってだけでもヘビーなのに、輪を掛けてキツくて理不尽さがもやもやっと残るからキツかった映画の中でサワコ先生の強さだけが救いだった。(男性教師の媚びるへつらうという姿がむかついて仕方なかったほどに(苦笑))

そして、思った。
「生」の意識を持たない子供に「性」は受け入れられないんではないだろうか。

冒頭にミヅキはウサギ小屋で弱ったウサギ(鳥にも見えたんだけど)をつまみだし、滑り台のテッペンから地面に叩きつけて、それを他の4人は一瞬戸惑った後ヘラヘラと笑い出すのだがミヅキは「何がおかしいの?」と冷酷に言い放ち、沈黙。ミヅキは美少女で風貌が4人とはちょっと違う(ハーフっぽい)だけでなく、圧倒的な異質感を出していた。一種のスクールカーストが見える。誰もミヅキには逆らえない。そしてこの時点でミヅキに「生き物をいたわる」という感覚が欠如していることがわかる。

そして次には夜のスーパーの駐車場で買い物カートを悪戯している場面。警備員が事なかれで無視を決め込んでいるのを良いことにフミホたち4人は駐車場にカートを投げ出しているのだけどミヅキだけは小さな子供が目に入ると子供めがけてカートを放り投げ、慌てて側にいる母親が子供を守るという場面になる。

極めつけは最初の給食に薬品混入事件の際、もし自分が先生の立場だったらと聞いた際にミヅキの「なかったことにする。生まれる前に死んだんでしょ。いなかったのと同じじゃん」っていう台詞が最後に効いてくるのですが、もうゲームリセットじゃないっての!と。表情を全く変えないでしれっという所が恐ろしかった。

もっと言っちゃうと先生への仕掛けを試すために、家から出られなかったフミホを引きずり出して、有毒ガスの人体実験をしてしまうのもミヅキなんだからこの子はちょっと精神的におかしいだろ?とここまでくると疑いたくなった。

ミヅキに関しては保護者が乗り込んでくる時に4人しかいなかったこと、フミホの母から「先生を流産させようが勝手だけど、うちのフミホは巻き込まないで!そういえばあんたのところの母親は来てなかったわね」と言わせてしまって、複雑な環境を想起させる。
私は観ていて、ミヅキが小さい頃から母親と父親の仲が悪く母親から「あんたは何で生まれてきたんだ」とか「産みたくなかった」とか「あんなケダモノの子なんてうんざりだ」みたいな事を言われていたんじゃないかと思ってしまった。自分の生とか母性とかを全く信じてない子供。だからほかのメンバーよりも強く、子供が出来てしまったサワコ先生を「サワコ、セックスしたんだよ。気持ち悪くない?」って言う発想になったように思えた。
まぁ自分も中学生の時にどうしたら子供はできるのかって知った時には「えぇっ!?」って驚いたししばらく親の顔を見ると「ェ・・・」状態だったなぁ(苦笑)

「性」に対してのディティールでは、会の集合場所となっているのが廃墟となったラブホテル。それも暑い夏の日に薄いブラウスの背中が汗で透けているディティールが見方によってはすごくエロ。おまけにラブホテルの廊下に転がっている大人のおもちゃを蹴っ飛ばしてケラケラ笑っているところにゾッとさせられた。
ミヅキが流産させる会を作ろうと持ちかける時に「サワコ、セックスしたんだよ。気持ち悪くない?」っていう台詞の所、何回かその言葉が出てくるんだけど、ミヅキはちゃんと言ってないんだよね。言いよどんでいる。それが演出なのか、彼女の素の気持ちをそのまま止めなかったのかわからないけど、その言いよどみから逆に「穢いもの」という印象を受けた。(ちなみにミヅキは撮影時は11歳だったみたいです>サワコ先生情報)
そんな状況なのに、会結成の時の誓いの指輪は左手の薬指にするというアンビバレンスさがあったりしましたね。

修羅場となった廃墟のラブホテルでの一件まではフミホの母も巻き込んでかなりリアリティがあって爆発していたし、最後のシーンで「なかったことにはできない」ことをミヅキに説得する訳だけど、その場所の設定には正直違和感があった。どうしてあの場所だったのか、あの場面だけが作ってしまった感があって勿体なかった。
それとモンスターペアレントのフミホの母もエキセントリックなまでにフミホに過干渉して、フミホはミヅキにも母も機嫌を伺い逆らうことをせずに恭順するしかなかった。フミホがこの事件の突破口になった訳だけど、母のハンドクリームのチューブを切って使うところの神経質さまでも描いているだけに、できたら母子家庭っていう想像ができるような形じゃない方が良かったような気がしたなぁ。

「私は赤ちゃんを殺した人間を殺す。先生である前に女なんだよ」というサワコ先生だったが、私は「先生である前に女であるが、先生とは”先生という人種”である」とも言えるんじゃないかとも思った。
ミヅキをはじめとした生徒役は至って普通の中学生で、今回の出演時はほとんどが演技未体験だったようで・・・そのたどたどしさがかえって怯えている様になっていたりして効果的だった。ただ、やっぱり内容がヘビーだったからどんな気持ちを持ったんだろうなって思う。

とにかく衝撃作なのは間違いない。できたら目を背けずに観た方がいいと思う作品だった。

監督 内藤 瑛亮 配給 SPOTTED PRODUCTIONS 
公式HP 予告編