月組「エリザベート」

2005年04月23日
月組エリザベート−愛と死の輪舞−」東京宝塚劇場

これが宝塚で5組目であり、さえちゃんの退団公演となる月組エリザベート」をB席で観た。

エリザベートには思い入れも思い出もあり、折しも東宝の再演版(ウッチートート)には、かなりはまってしまったから、自分でどんな感想を持つのか楽しみだった。それに今回はさえちゃんの退団だけでなく、次期月組トップのあさこがエリザベートになることも大きな話題だった。

観ている途中で思ったのは「さえちゃんは星組でトップになるべきで、星組でやったら面白かったかな」ということ。そんな残念さがあったが、作品としては、そんなに聞いていたほどひどくはないし、過去に公演した組のものと比較してもトートとエリザベートに関しては悪くなかった。むしろ最近の作品にない”ひたむきさ”を感じることができたので、面白かった。

作品の中身は言うまでもなく、東宝版と比べるとやはり男役のトートが主演になるだけに、歌詞にもエリザベートのエゴイストぶりを出さない工夫があったが、正直言えば、エリザベートの存在を浴びせ倒すほどのトートの存在感やトートを押し出す全体の気迫は足りなかった。否、どんなに調子が悪くても愚直なほどに手を抜かないさえちゃんと、娘役だけでも大変なのに歌ばっかのエリザベートを演じることになってしまったあさこの気迫はすごかった。すごかっただけに、他の人達のバラバラぶりが、まとまりのなさが非常に舞台のテンションを下げていた。芝居の月組、と昔は言われてはいたものの、元々個人プレイが目立っていた組だけに、そんな組をまとめあげるには、さえちゃんに時間は少なすぎたと思う。退団公演では気の毒な演目だ。
それと、良くも悪くもベルばら化してしまい、目新しさは薄れた。同時にファッショナブルになり、作品の重さも変化している。観ていて「宝塚でやることの意義」が掴みにくかった。トートの中性的の点で、さえちゃんのビジュアルは一番はまるところではあるが。

セットは物もちのいい宝塚舞台の倉庫から出てきた懐かしいものばかり。衣装はかなり新調しているのでは?少なくともエリザベートの衣装はかなり豪華で、見応えがあった。特にエリザベートがフランツに勝って、奥から出てくるところの衣装は金糸が入っていたようで、華やかで宝塚〜って感じ。東宝もそれなりに頑張っているが、宝塚のお金のかけ方はやはり桁が違うのだろう。つまらんツッコミで申し訳ないけど、ヘレネは衣装も髪型もかなり良かったぞ(苦笑)

個人向けの感想。
「このくらいはできるだろう」という、サプライズがなかったのは、ルキーニとゾフィだった。ルキーニのきりやんは上手いだけに「上手いよね」で終わってしまった。高島兄のようなむさくさいところや、イシゾウくんのようなエキセントリックさでもなく、こじんまりと無難に8.0(10点満点)を出してみましたみたいな。喰掛かるようなせめぎあいがなく、あっさりしていた。

ゾフィのちずさんは退団でもあり、はなむけのだったことを斟酌しても、エトワールは別の娘役に回してあげて欲しかった。
ゾフィとしては、フランツを取られ自分の立場を脅かす存在としてのエリザベートを目の敵にする姑のようで、一瞬橋田テイストが頭をちらっとした(苦笑)。ゾフィのナンバーもなく存在が難しいが、もっと深いところのゾフィの悲しみがちずさん位のキャリアならできたはずだ。単なる女同士のこぜりあいになってはもったいない。

存在感が微妙だったエルマー達。ホントに革命をする気あんのかしら?エルマー達だけの場面があるにも関わらず、こんなに印象が薄いのはちょっと問題。革命からの動きがハプスブルクの破滅になるはずなのに、きっかけとは言いがたいだろう。

その大人・子供ルドルフの彩那さん。子供ルドルフは最初の歌で高音の伸びが足りなく思わず「誰やっとんねん!(-_-;)」と思ったら彩那さんだった。母を思う歌の時にもブツブツと歌が切れてしまい、語尾に余韻がないなと思った。男役がやるにはハードルが高いのか?
大人ルドルフはゆうひくん。確かにオクラホマ!のときから進化してる。場面が少ないし気の毒だが、ルドルフと母が鏡同士というニュアンスは薄かった。人生に対しての寂しさや不自由さの共鳴がないからかもしれない。

フランツのガイチさんがいて歌が締まった。いかんせん、線が細いイメージを持ってしまっているので、エリザベートと相対すると今ひとつインパクトが弱く感じた。だが考えてみると、宝塚のフランツは皇帝としての苦悩や自我を描くより、エリザベートを現実に愛している男性としてトートと対比することが一番重要なことなのかもしれないから、その意味ではエリザベートをきちんと愛していた。

エリザベートのあさこ。エリザベートを演じる切迫感があって、さえちゃん同様いい効果を生んだかもしれない。メイキングを見た段階では「歌・・・どうなのよ?」と思ったけど、相当稽古を積んだのだろうね。見ている時にふと「あさこって女の子だったらこんな感じで甘えるのかしら?」とあさこは女性なんだけど(笑)男性の前ではこんなんだろうか?と別の妄想が頭の中をフル回転しておりました。ところどころエリザベートというよりもスカーレットがチラチラしていたり、フランツより明らかに男らしかったり(爆)、どっちかというとエリザベートが軍隊を率いて先頭走っていそうな、力強さがありました。

そして、最後にトートのさえちゃん。私さえちゃんが好きかも(笑)。非常に残念な気持ちでいっぱいです。トートはそれぞれの組のそれぞれのファンに思い入れがあるので、どれが一番良いとはいえませんが(個人的にその逆は言えますけど)中性的なようで実はかなり骨っぽいところと、この世とあの世の狭間の地に足着かない雰囲気のアンバランスなところが、魅力的だった。なんかそっちを見てはいけないといわれているのについつい覗いてしまう「鶴の恩返し」みたいな、気持ちがしていたんですよね。
多分「プラハの春」の観劇日誌でも書いていると思うけど、さえちゃんは決して上手ではない、だけど手を抜かない。失敗してもそこで投げないというその真面目さが舞台から伝わってきて、舞台は本当に舞台に対する姿勢が丸裸になってしまうなぁと改めて思いましたね。
役作り的には、星組バージョンに近い大人っぽさと妖しさと混ざったトート。歌はかなりエコー効きまくりではあったものの、激しく音を外すことはなかったかも。(私が見た回は、「闇が広がる」でルドルフにつられてしまっておりましたが)努力したんでしょうね。
冒頭書きましたが、月組でさえちゃんのキャラクターを生かすことができたのだろうか?と。ちょっと前の星組で彼女がトップになってこの作品を再演したとしたらどんな風だったろうかと、今となっては虚しいけれど、考えてしまったりするのであります。

できたらもう一回くらい観たかったなぁ。

東京宝塚劇場 2005年05月22日まで上演