タンビエットの唄〜美しき別れ〜

え〜私は遡るといつだろう?音楽座の時からかな?ちょっと曖昧ですが、少なくとも「星の王子様」の頃からかなり土居裕子ファンです。そんなこともあって、世田谷パブリックシアターで上演されている「タン・ビエットの唄〜美しい別れ〜」を観にいきました。

プログラムに簡単なイントロが書いてあるので抜粋しますと、
「20世紀のヴェトナムを舞台に繰り広げられる再会の喜びと哀しみ。 戦争を逃れて英国人の養女となったフェイ。 20年ぶりに姉の消息を訪ねるために祖国ヴェトナムに戻ることから物語は始まる。 やがてフェイは逃げ出したはずの戦争の悲劇と現実に向かうあうことになる。」
というものです。
フェイはある時、赤十字か何かが主催したヴェトナム戦争の惨状を訴える集いみたいなもののメンバーでイギリスに渡ることになります。その時、姉の下を離れたくないとすがるフェイをティエンが後押しするのです。ちゃんとこの戦争の事実を世界の人々に伝えてくるのだと、そしてこの「さようなら」は再び会うための「さようなら」なのだと。 ところがフェイはイギリスで味わったことのない安らぎと、ヴェトナムでの死の恐怖から結局イギリスに残り、ヴェトナムには戻らなかったのです。フェイを待ち続けていたティエンは衝撃を受けるけれど、生きていけばいつか会えると信じて待ち続けるのです。そののち、ティエンは敵側のスパイだった男と愛し合い、身ごもります。そしてスパイであることがばれてしまった愛する人を助けるために、脱走の幇助をするのです。当然男は殺され、幇助したティエンもまた裏切り者として処刑されることになりました。あろうことか一緒に逃げていた仲間に殺されてしまうのです。
フェイは20年後のヴェトナムで、そんな忌々しい過去を消去するように生きていたトアンやミンたちに出会います。やがて、トアンと共に昔の仲間を探す旅に出たフェイは、ハインがティエンの残した子供を連れ去っていたことを突き止めます。フェイはふるさとの村へ会いに行く。そしてティエンにそっくりな子供のタオと共にヴェトナムで生きる決意をするのです。ヴェトナムで戦火から逃げ惑っていた時の優しかった仲間たちのそれぞれの過去と現在、思い出したくない傷跡。そして未来への光…最後に希望を残して舞台は終わるのです。

多分、多くの観客がそうであろう、近現代史への認識不足。私も正直ヴェトナム戦争についてさらっとした知識でしかありませんでした。今もあるとは言えません。ただ、ヴェトナム戦争アメリカとヴェトナムとの戦争だっただけではなくて、ヴェトナム人同士の戦いはその裏の東西の代理戦争だったところや、あるいは中国との関わりなど、非常に込み入っていることくらいしか頭にないまま見ていました。
イラク戦争が始まってからというもの、お芝居を観ていても「戦争」「平和」という言葉が出てくるものがとても多いように感じます。今回のタン・ビエットの唄は、まさにその戦争の中で起こったことをテーマにしているだけに、非常にテーマの重いものがありました。軍隊を一応持たない(ということになっている)日本に生まれて育って、ろくすっぽ近現代史を勉強していない(受験には出てこないから省略されてしまっていた部分ですね)私にとって、戦争は実際蚊帳の外のような印象があります。そんな多くの観客に対して、本当は同じ夢を持っている民族が争い、ずけずけと踏み込んでくる支配者に操られる不条理さを、ヴェトナム人同士の戦いの部分を強く前に出すことによって描いていました。なぜ人は殺しあうのか、なぜ生きるのか、そしてわかぎえふさんがプログラムの中で書かれているように「さようなら」という言葉の重さを深く感じずにはいられませんでした。そしてティエンが死ぬ間際まで歌い続けていた「タン・ビエットの唄」に表れているように、人が人を信じることの重さ、これがおそらくこの物語の芯になっているものだと思うのです。

役者さんはトアンの畠中洋さん(元音楽座…久しぶりに土居さんと共演だ!とかなり喜びモードでした、私)、ハインの沢木順さん(「メトロに乗って」でもしかり、ハインのような過去の重さと苦渋を表現できる役者さんです)、ミンの宮川浩さん(成り上がりのアメリカかぶれ、というかヴェトナム人であることをやめたいくらいの人)、好きだったティエンを撃ち殺してしまい発狂するビンとビンの父を演じた根本豊さん、同じくティエンを撃ち殺したゴクの堀米聰さん、などなど非常に芸達者というかレベルの高い方が多かったので、歌、ダンス、芝居かなり満足できました。
そしてダンスは例のごとくハイクオリティ&アクロバティックなTSですから、ま、悪いはずはないですよね。八百屋舞台なのに、恐ろしいくらいのスピードで駆け回っていました。
フェイのタモさんは、主役なんですが、カーテンコールで挨拶するときに最後で出てくると「え?そうだったっけ?」と実際思ってしまった私。もちろんフェイが戻ってきて過去に遡り、未来に踏み出す話なので、主役なんでしょうけど、どう考えてもこれはティエン(土居)の話じゃないかなぁと。屈託のないタモさんの明るさがあったからこそ、イギリスに渡り、姉を裏切ってまう残酷さがエスカレートしないとは思いましたが、フェイがちゃんと帰ってくればこんなに悲惨な状況にならなかったんじゃないか?と思わず突っ込みまくり(苦笑)つまり、ちゃんと帰ってこれない心情をもっと出して欲しかったのかもしれないです。唄にしても周りのレベルが高くて、頑張れタモちゃんって感じ。。。
土居さんはですね、まず子供から母親まで、よくぞ演じてくれましたって感じ。最後にティエンの子供が出てくるって状況になったとき「土居さんが出てくるだろうな」とは思っていましたが、瞬間「子供だよ〜〜〜」と感動に似たものが押し寄せました。女優は化ける、恐ろしいです(爆)。よく通った声に乗ったタン・ビエットの唄の歌詞を聴いていると「さようなら」のせつなさが思い出されますね。本当に人と別れることって悲しいです。それとタモさんのところで書きましたけど、恐ろしいくらいに動く動く!最初子役のフェイと一緒にヴェトナムの森林を駆け抜けているときのスピードったらないですよ!「全身全霊」どっかの劇団の方々にもぜひ観てもらいたかったですねぇ。

かなり満足した作品でしたが、ちょっと不満だったこともあります。そこまで書き込むには時間が足りないかとは思いますが、どうもヴェトナムvsアメリカの部分が多くて、ヴェトナムvsヴェトナムの部分が物足りないなと思ったところです。アメリカに援助を受けていた南部は、ただヴェトナムの支配に屈していただけではなくて、アメリカに乗っかってあわよくばと思っていたところもあるだろうし、むしろアメリカを出さずにヴェトナム人同士の話でこの戦争の意義と意味を描き出して欲しかったなぁと思いました。(それとも書かれていたのかな?見落としただけど)そうすることで「戦争とは罪悪なのか」というものがもっと深く伝わったのではないかと思うのです。
それとこれは蛇足ですが、作品中の曲目の多さから言って、脚本ってわかぎさんが殆どタッチしていないんじゃないかと感じました。プログラムにもそれをにおわすようなコメントが本人によってありましたが、2幕にちょっと笑いを取る場面がありましたが、そこらへんくらいじゃないかと。 これをきっかけにヴェトナム戦争のことを調べてみようと、いいきっかけになった作品でした。
上演記録 2004年04月16日(金)〜25日(日)
世田谷パブリックシアター      
原案・演出・振付 謝 珠栄            
脚本 わかぎゑふ
公式ページ TSミュージカルファンデーション
http://www003.upp.so-net.ne.jp/tsmusical/tsinfo.html
チケット代 8,500円に対して ☆×4.5